その1:”食べたいものリスト”
悪阻にはいろいろなタイプがあるとは聞いていましたが、今回の私のつわりは、「食べたいものは沢山あるのに、食べられない」型でした。例えば、夫と子リスがレトルトカレーを温めているのを見れば、「カレーライス!美味しそう!食べたい!」と思うのに、いざカレーを目の前にすると、全く食べられないのです。何と言ったらよいのか…胃と喉が食べ物を受け付けないため、口も開かない、といった感じです。
その状態は、入院してもしばらくの間は続きました。そこで私は、この「食べられないのに食べたいものはある」というフシギな欲を満たすため、「つわりが終わったら食べたいものリスト」を作り、夫と子リスにメールで送りました。
- 〇ッテリアのチーズバーガー
- 〇戸屋の鶏黒酢あんかけ
- 〇ーティーワンのアイスクリーム
- 不〇家のいちごパフェ
- 納豆ご飯
- バタートースト
- すき焼き
- 焼肉
…といった具合です。食べたいものは20個ぐらいありました。そして退院後、つわりは最後ま完全には無くならなかったものの、私は出産までに、このリストを制覇したのでした!
② チエちゃん
入院して数日後、私は4人部屋から2人部屋に移ることになりました。新しい部屋に入ると、隣のベッドには、切迫早産で入院しているという妊婦さんがいました。
私はまだ一日に何度も吐いていたので、「そんな状態で、ご迷惑をお掛けすると思うんですが…」と、新しいルームメイト(?)に挨拶をしました。するとその人は、「大丈夫です!私もつわりの時、“マーライオン”のように吐いてましたから!」と言ってくれました。彼女の名前は「チエちゃん」です。
私と同じ、2人目のお子さんの出産を控えていて、年は私よりだいぶ若かったけれど、話していてとても心地よい人でした。
吐き気のピークを過ぎた頃から、チエちゃんといろいろなことを話すようになりました。きっかけはやはり、つわりの話です。
「『マーライオンのように吐く』って言ってたでしょ。あれってぴったりの表現!」「すごい力で上がってくるよね。」「そうそう。私はトイレのお手入れ方法を暗記するほど座ってたもん…。」「わかる!トイレはお友達だよね。」……
…妊婦トーク。チエちゃんのお義母さんという人はもと婦人科の看護師さんで、「つわりは年なりよ」つまり、高齢出産になればなるほど酷いのだ、と言っていたのだそうです。
私は深く納得させられました。やっぱり。子リスの後10年も経っているから、私に無理な動きをさせまいとして、お腹の中のちびリスが「無事に生まれたいです」という信号を送っているのかもしれない、と思いました。何を隠そう私はこの時、42歳でしたから!
楽しいおしゃべりに助けられて、私は回復し、チエちゃんより一足先に退院しました。そしてチエちゃんもその後、いろいろ大変な思いをしながらも、無事男の子を出産しました。
チエちゃんは、ちびリスが生まれた時、美味しいプリンを持ってお見舞いに来てくれました。その後何度かメールで話したりしましたが、その後お互いに忙しくなり、疎遠になってしまいました。
でも、夜中に同じ天井を見上げながら、小声で語り合った夜のことは忘られれません。子育てのこと、食べ物のこと、家族のこと、自分と親の関係について、等々。共通点も多く、話題は尽きませんでした。
その思い出は不思議に薄れなくて、家族を巡る日々の色々な場面で蘇って来ます。「チエちゃんがこう言ってたなあ。」「チエちゃんも、こんな時に頑張ってるんだろうなあ」…。
チエちゃんとの出会いのように、人生の中の一時だけ時間や空間を共にした人が、その後の自分に時々寄り添ってくれるものを残して行くことがあります。
ちょっとすれ違っただけなのに、忘れられない人がいます。ちょっと交わした言葉が、人生の岐路に蘇って来ることもあります。
「縁」とはずっと続く関係だけを言うのではない、と感じる経験が、これまでに何度かありました。長く関わりあう人たちもいる中で、ほんの数日、もしかしたら数時間を共有した人達も、今の自分を作ってくれているのだろうと思っています。そして、もしかしたら自分もどこかで、誰かの心に何かを残していることもあるかもしれません。偶然写真に写ってしまっただけかもしれないし、想像もつかないような影響を与えたことも、ひょっとするとあるかもしれません。
どちらにしても、それはとても楽しい想像です。