子リスの場面緘黙症について考え始めてからずっと、一番知りたくて、でもなかなか答えに辿り着かなかったのは、「子リスにはどの治療法を選べばいいか」そして「それは誰が、何を基準に決めるのか」ということでした。病院に連れていくべきなのか。連れて行くとしたら、子リスには何と説明するのか。学校での取り組みをする時には、子リスには自分の問題を意識させるべきなのか。
今日、市のカウンセラーのUさんとの面談があったのですが、そこで私の疑問が大分解消し、当面の方針が固まったような気がしました。
Uさんは、前回の面談の後、子リスの状態について、臨床心理の専門家の方に相談して下さり、今後のことについてのアドバイスを下さいました。それによると、
「今はいじくらない方がいい。ただし、子リスくんが話し始めることが出来るようにする土壌作り、きっかけ作りをすることは続けなければならない」というものでした。今は子リスを治療機関(病院など)に連れて行かない方がいいとする理由は、次のようなことでした。
子リスが学校から帰って来た時に、学校の話をいろいろしていること。子リスが、自分が話せないことに関して私達(親)や先生がいろいろと対策を練っているのを全く知らずにいること。少しずつでも、変化が見られること。
更に、次のようなアドバイスもいただきました。
1.子リスは男の子だから、男性としてのモデルが必要。それは父親も勿論だが、担任の先生はより年齢が近い男性としてのモデルになる。先生が、自然な形で支えてくれることが大切。
2.方針を決める時は、「今」必要なことを選ぶ。その時々の本人の状態によって適したアプローチがあるので、段階に応じて治療法を考える。
実は数日前に、私の学生時代の友人で、障害児教育の専門家であるK君からも、今後の方針についてアドバイスをもらっていました。K君の知り合いで、ことばの教室通級で指導をしていた方(ことばの教室で、何人も緘黙症のお子さんを見て来た方)のご意見なのですが、1.2年生のうちは特別なこと、つまり治療機関に連れて行くことなどをしなくてもよいのではないか、ということでした。ことばの教室などに通うことは、所謂「専門機関による治療」とは違う、という見方のようです。
場面緘黙症は早期に気付き、早期に取り組むことが肝心と、どの資料にも書かれています。私は最初にその記述を読んだ時、じゃあ早々に病院に連れて行けということなのか?と思ったのですが、その後いろいろ調べたり相談を続けるうちに、病院での治療は、症状に応じた選択肢の一つだということがわかって来ました。「取り組むこと」英語ではearly intervention(早期介入)となっています。「介入」、つまり、放っておかないで手を差し延べる、ということだろうと思います。
子リスの場合、「病院などの治療機関に連れていくことはせず、学校と家庭で、子リスがリラックスして自分を出せる機会を作る」ということが、当面の「介入」の方針になると思います。また状況が変わればアプローチも変えていくことになるのでしょうが、今はこれで行こう、と思えたので、大分気分が落ち着きました。
本当に、何らかの方針(当面のものだとしても)に辿りつくまでが親にとっては苦しいところです。そこに役立つガイドラインやチェックリストのようなものが出来て、それが例えば児童相談所や、市町村の保健所など、保護者が一番先に相談に行くところにあって、それに沿って専門家が適切なアプローチを提示してくれる・・・という様になっていると有難いなあ、と思います。
おかあさんリスさん!初めて書き込みます。
宜しくお願いします!
子リスは男の子だから、男性としてのモデルが必要。それは父親も勿論だが、担任の先生はより年齢が近い男性としてのモデルになる。
男性としてのモデルが必要。本当にそうだと思います。
緘黙児って聞けば小さい頃から少し育てにくい、父親には手に負えない、母親と密着している、という方が多いように思います。
うちもそうです!!
でもこの父親との関係はかなり大切、ということで、今更なんですが、この父、息子の関係を深めています。まずは母親では出来ない父親ならではの活動、お父さんってすごいな!と思ってもらえる活動を計画的に練っています。
最近やっと、なかなかいいかんじで、父親に自分を出せるようになってきました。
でも息子のために遠くから帰ってくる夫も大変ですが(お金も)(^^;)
ははさんへ
コメントして下さってありがとうございます!とても嬉しいです!
>緘黙児って聞けば小さい頃から少し育てにくい、父親には手に負えない、
>母親と密着している、という方が多いように思います。
>うちもそうです!!
うちもです!「スピリッツ・チャイルドの話」で書きたいと思っているのですが(まだ工事中です…スミマセン。)、子リスもいわゆる、「育てにくい」タイプの子どもだと思います。実は私も幼い頃、その手の子どもだったので、子リスのこだわりとか、いろいろな事に対する難しさには共感できる部分が多くあります。ただし、共感できるからと言って親としてきちんと対応出来ているか、と言われたら、とても顔が上げられませんが…。一方、夫はそのような気難しい子どもだった記憶は自分にはないと言い、特に子リスが小さい頃は、「この子は大丈夫か!?」という思いで息子を見ていたようでした。
特に問題を抱えていなくても、同性のモデルというのは大事ですよね。加えて場面緘黙症児の場合、リラックスすることを学ぶと同時に、やはりある程度は、不安や過度の自意識と「戦う」必要があって、そんなときに、背中を押してくれる存在として、同性のモデルになる人がいることは本当に大切だと、私も思います。
ご主人、遠くから帰っていらっしゃるのは大変ですね…。でもきっと息子さんは、お父さんに自分を出せるようになって、心の中の世界が広がっているのではないか、と想像しています。
また是非いらして下さいね~!