この年から3年半ほど前の話です。
翌年小学校に上がる子供達、つまり幼稚園や保育園の年長さん達は、それぞれ入学する予定の小学校に行き、身体測定などの検査、即ち「就学時検診」というものを受けるよう、役所からお知らせが来ます。子リスにも勿論、その機会がやって来ました。年長時代の、11月でした。
受付を済ませて体育館に入っていくと、5年生のお兄さん、お姉さん達が並んで待っていました。新一年生になる子供たちと1人ずつペアになり、いろいろな教室で行われる検査に連れて行ってくれることになっていました。ちびっこ達は、先生の指示に従って、それぞれ担当のお兄さんやお姉さんに手をつないでもらい、体育館から校舎へと歩いて行きます。キラキラとした目でお兄さん、お姉さんを見上げている子、ちょっと恥ずかしうそだけれど嬉しそうな子、不安そうにお母さんの方を振り返りながら歩いて行く子、いろいろな子がいます。
子リスの番が来ました。5年生の担任の先生なのでしょうか、髪の長い女の先生が「はい次、ウメヅ君」と名前を呼ぶと、爽やかな坊主頭の男の子が、ちょっと照れたような笑顔で進み出て、子リスと手をつないでくれようとしました。
私がウメヅ君に、「よろしくお願いします」と言って、つないでいた子リスの手をウメヅ君に託そうとしたその瞬間、子リスは、パッとその場を逃げ出し、すごい勢いで走って行って体育館を出ようとしたのです。さすが幼稚園で先生から、「子リス君、逃げ足はすごく速いんですよね…」と言われただけのことはあります。
勿論私は追いかけて連れ戻し、「大丈夫、ママはここで待ってるから」と言いましたが、子リスはもうパニック状態。「イヤだ!!」と大きな声で泣き始めたばかりか、大暴れで私の手を振りほどき、また体育館から逃走しようとしました。
「あららら」と先生。ウメヅ君はどうしたらいいものかと困っている様子。いやあ、申し訳ない!なんで僕の担当はこんなに大変な子なんだろうと思っているかなあ。「ごめんなさいね」、とウメズ君に言うと、優しそうなウメズ君はにっこり笑ってくれました。
すると先ほどの先生が、「じゃあお母さん、よかったら、後ろからついて行ってあげて下さい。ウメヅくん、しっかり連れて行ってあげてよ」と言い、それを聞いた子リスは珍しく、それなら…という感じで急に大人しくなり、ウメヅ君と手をつないで、体育館から校舎へ向かったのでした。
私は、二人から2~3メートルほど離れて付いて行きました。子リスは時々後ろを振り向いて、私がいるのを確かめながら、何とか素直にウメヅ君に連れられて、各教室での健診を受けて行きました。ようやく全てが終わって体育館に戻った後、改めてウメヅ君にお礼を言い、子リスはニコニコと私の元に戻って来ました。そして言うことには、「楽しかった。」
え?何ですって?どの口が言うか!?…という言葉を飲み込み、「よかったねえ。優しいお兄さんが一緒でよかったね。」と言うと、「ウン。」こちらは大汗かいたというのに。
まだ入学してもいない、小学校生活が始まる大分前の段階なのに、すでにやらかしてくれた子リス、でもまだこの頃は、場面緘黙症という言葉すら知らずにいたのでしたが…。
…というわけで、その時の女の先生がO先生だったのです。入学後の3年間、時折校内で見かけることはあっても、特に言葉を交わしたことはなかったのですが、何となく、安心感のある先生だなあ…と、勝手に親しく思っていました。
子リスから、今年の担任の先生がO先生だと聞いた時、私の頭の中には、「そういうタイミングなのかも」という言葉が浮かびました。
見守っていく。でもこれからは、頑張る子リスを見守っていく、そういう転換期に来ていることを感じていた時に、O先生との巡りあわせ。心強い思いで新学年を迎えました。