私の子供時代にはなかった行事の一つが、「二分の一成人式」です。
ちょっと調べてみたら、1980年代に始まり、広まっていったもののようです。
この行事に関しては、「成人の1/2の年齢」ということを、親も子もそんなに意識しているのだろうか?とか、単純に劇や音楽などを発表する「学芸会」「発表会」でもいいのでは?などと、今でこそ色々な考えが浮かんで来るのですが、これは、私が年を取って意見がましくなったからなのでしょうか…。
当時の私は子リスが4年生になって初めて、そんな行事があるということを知ったので、「へー、そんな楽しそうな行事があるんだ!」と能天気に思っていました。
ところで「二分の一成人式」って何やるの?と子リスに聞くと、
「なんか、色々。」
「色々なことって、合奏とか?」
「合奏もやる。あと、劇をやる人もいるし、国語の教科書の音読する人もいるし…。」
はあ、なるほど、色んな種目があって、それぞれやりたいものに参加するという訳ね。子リスは何やるの?
「ダンス。」
ダンス!やっぱり!!
運動会でも、あれだけ楽しそうに踊っていたのだから、これはいいものの担当になったなあ、と喜んで、当日は2か月になったばかりのちびリスを連れて出かけました。
会場の体育館に入り、渡されたプログラムを見ると、学年全体での合奏と、グループに分かれて、「劇」「群読」「縄跳び」「ダンス」の4種類の出し物があります。
子リスの小学校は市内でも1、2番目に大きく、1学年の生徒数が150~160人のマンモス校ですが、それでも1年生の時から行事や参観などで学校に行き始めて4年も経つと、知っている子もかなり多くなって来ます。「あ、あの子は1年生の時に同じクラスだった〇〇君だ」「あの子は2年生の時にデカパン競争を一緒にやった〇〇ちゃんだ」などと気付き、みんな大きくなったなあ、と眺めるのも楽しいものでした。
4年生ともなると、合奏も群読も、それから「劇」も、随分立派に出来ていて、ちょっとびっくりするほどでした。
そして縄跳びも…私達の時代、縄跳びやコマ回しとなると「その道の達人」という様な子達が必ずクラスに一人はいたものでしたが、やはり今もそういう「マスター」がいるようで、華麗な縄の技を披露していました。
さて、いよいよ子リス達のダンスグループの発表です。
見ると男子は3~4人だけで、殆んどが女子だからなのか、子リス達男子はセンター(!)の位置にいます!
曲はいきものがかりの“じょいふる”。
予想通り、子リスのダンスはなかなか上手でした。そして、一生懸命にやっている子リスを見ている私は、やっぱり涙が溢れて来るのでした。
もともと、だいぶ涙もろいたちではあるのですが、子リスが幼稚園に入ってからというもの、行事などで子リスが頑張っ…(たり頑張らなかったり)の様子を見ていると、どうしても涙が出て来て、しかも「ほろっ」という感じではなく、結構沢山泣いてしまうので、自分で困ってしまうのです。
初めは保護者席に座っていたものの、ちびリスがぐずり出してしまったために、ずっと体育館の端で立って見ていた私は、ちびリスを抱いて左右に揺れながら、この日もやっぱり子リスの姿に泣いてしまいました。
その日、学校から帰って来た子リスに、「すごくかっこよかったよ!」と言うと、「へへっ」と照れ笑いをしていて、きっと自分でも満足のいく出来だったのだろうと思いました。
ところが!
それから10年近く経った今、子リスは当時の真実を語るのです。
「ダンスなんて、ゼッタイやりたくなかった。でも、縄跳びは得意なわけじゃないし、群読は無理でしょ。劇なんてもっと無理でしょ。しょうがないからダンスにしただけ。ほんとにいやだった。」
「えーっ…そうなの?でも運動会のダンスは…」
「あれとこれは違う。みんなの前でダンスのグループとして踊るっていうのは違う。」
「だって結構上手に踊ってたじゃない。」
「まあ、仕方なく。本当にやりたくなかった。」
「仕方なく、っていうカンジだったの?」
「(大きな声で)喋れないし、運動神経もいいわけじゃないからね。」
そうなのぉ…?私としては、納得しかねるキモチですが、本人が言うのだからそれこそ仕方がありません。
自分のやりたいことがない。ダンスはやりたくないけど、他のことはできない。そんな現実に打ちひしがれながらのダンスだったなんて。私はあんなに泣いたのに。仕方がないので、これを「お母さん、勘違いで泣いていた説」と名付けました。
子供の気持ちは、分かる時もあれば分からない時もある。という、当たり前のことを、こんなに時間がたって知らされることもあるのだなあ、という一つの学びでした。