3年生時代 その⑰ 困っていない!?

 「待つ」と決めると、私もある程度リラックスして子リスを見ていられるようになり、子リスも楽しく友達と遊び…振り返ってみると、3年生時代は私達親子にとって、小学校生活で一番平和な一年だったと言えそうです。
 子リスは当時を振り返って、「6年間で一番楽しかったのは3年生の時だった」と言います。 「とにかく、友達と遊ぶのが楽しかった」のだそうです。
  前回書いたように、3年生時代は「親は何もしない」というのがよい結果を産んだ一年だったと思います。が、これはあくまでも、その時の、その段階の子リスにとってベストな関わり方だったということです。

  もう3年生も終わりに近づいたある日のこと…
  友達と公園に遊びに行って、「楽しかった!」と満面の笑みで帰ってきた子リスを見て、私はドキッとしました。この屈託のなさ。この、嬉しそうな、そして一種の自信が滲んだ笑顔。それは素晴らしいことなのだけど・・・ちょっと待てよ・・・


「子リスのヤツ、喋れないことをもう困っていないんじゃないか?!」
友達と楽しく遊んで帰って来る、それは私が一番望んでいたことでした。「困っていない」とすれば、それだけ楽しさも大きい筈。それは本当に有難いことです。でも、ずっとこのままでいいと思っていた訳では・・・。
 喋れなくても何とかやっていける状態で、学校生活を楽しむところまで進歩したのはよかったけれど、「喋れなくても何とかなっちゃってる」んだから「それでいいや」と子リスが思っているとしたら・・・。

 学校のみんなが優しいことに関しては、感謝の気持ちしかありません。 問題は、それに甘んじて…と言って悪ければ、その恵まれた環境の中で生きる術を持った状態をどう考えるか、です。
 これは私にとっての葛藤でした。何よりも学校で楽しく過ごしてほしいと願っていた気持ちにはウソはなく、それが実現されていることは本当にありがたいことでした。 でも、ここまでと決めたらダメ。 すぐにでも喋れるようになって欲しい、ということではないのです。 苦労してもいいし、どんなにゆっくりでもいい。ほんの少しずつでもいいから、進歩していくことを忘れないで欲しいと思ったのです。せっかくここまで積み上げてきたスモール・ステップに、子リス自身で「ここでよし」という旗を立てないで欲しいと思いました。 そして、現実的なことを考えれば、周りの優しさに助けられていられるこの状況も、この先ずっと同じであるとは限りません。みんなそれぞれ成長していき、それぞれ複雑なものを抱えて大きくなっていくのです。 あれやこれやの思いがアタマを駆け巡り、この「困っていない」状態をどうしたものかと腕を組み…とにかく、担任のN先生に相談してみようと思いました。

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